星降る山の麓から

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
昔・・・ まだ上の子が小学生だったとき

とても不思議で とても素敵な 事件? があった。


雨上がりの午後 子供部屋から

上の子が叫びながら走って来た。


「かあさん!

 外見て!!

 お外が紫色や~!!」

え? と振り返って 窓に目をやると

本当に、空・・というより 

景色が全部、紫色に見える。

な、なんや~?

あちこちの窓を見るが

子供部屋から見える東の景色が

一番、紫が濃い。


下の子も飛び跳ねてさわいでいる。

「お外、出てみよー!!」

子供らは、大はしゃぎで外へ飛び出す。


「かあさん かあさん!

 やっぱり紫色や!!
 
 すっご~~~!!!」

子供らは興奮して、私のそばを行ったり来たり。


やっと外へ出た私は、目を見張る。

本当に、どこもかしこも紫色なのだった。

遠い空も そして自分のまわりも 

みんなみんな 紫色の空気。


まるで夢の中にでもいるようで

しばらく子供たちとみとれるやら 

・・・ ほぉ~~~~~ っとため息をつくやら

そのうちに、紫色はピンクに変わりオレンジに変わり・・・

そして黄色になって・・・

次第に消えていった。


あまりに不思議な、あまりに素敵な出来事に

それがどういうことだったのか

まるでわからないのだけれども

子供が言った。


「かあさん、虹の端っこに入ってたんかなぁ!?

虹の生まれたとこやね?」


そうだ。 虹の端っこ。

虹の生まれたところだったのか。


今思い出しても、あれは夢か幻か。


あのとき

外に飛び出していたのは、私たち親子だけで

マンションの人たち、他の誰も出ていなかった。。。

たまたま

私たちだけしか、あのとき居なかったのだろうか?

それとも たまたま

私たち親子で、同じ夢を見ていたんだろうか・・・?


わからない。

わからないけれど

この街の家にも

神さまはちゃんと住んでいて。


こんな街中の、小さなマンションに

鶯の声を運んだり

キツツキが木槌を振るったり^^

それから「虹の端っこ」のプレゼント。。。




神さまは、見ようと思えば

いつでもそばに見えるのかもしれない。

いえ、目には見えなくても・・・

聞こえるかもしれず

肌に触れるかもしれず・・・

思いとなって、心に届くかもしれず


そのことに、気づくか 気づかないか

それだけの違いかもしれない。

きっと、みんな出逢っているんだね。

今、こうしている そのそばにも

虹の端っこは、あるのかもしれない。




111114_092248.jpg
スポンサーサイト
2012.02.18 / Top↑
いつの夏だったろう?

この街の我が家は、裏には竹が生い茂り
その隙間には、どんぐりの木などが育っている。

それでか、いろんな鳥がやってくる中
驚いたことに、キツツキまでやって来るのだ。

この家に越して、はじめての春は
どこからとも鳴く鶯の声に驚き
「まさかね^^;」
と、決め込んでいた私は

「もしかして、どこかのお宅で
 ウグイス飼ってるのかな?」

かな? かな? かな? ・・・(´・ω・`)?

などと勝手に思っていたのだけれど
なんとこの街中の、ほんの小さなヤブの中に
鶯は、やってくるのだった。

きっと、このマンションが建つ前には
ここらは、竹やぶや、林が広がり
ちょっとした野生の楽園だったのかもしれない。


それから数年
ある夏の、ある日
遠くから、コーン コーン ・・・・
と、何かを叩く音が聞こえる。。。

藪の中にこだまして
暑い夏の家の中に
なんとも涼しげな・・・木槌を振るうような・・・

一体、誰が何を叩いているんだろう?

その音は、だんだん響きを増して
時折、ココココッ ココココッ コーーーーン コココッ
と、不規則なリズムに変わって来・・・

それまで居間のテーブルで
窓に背を向け、仕事をしていた私も
いよいよ興味が湧いて

目を凝らして藪の中を見るのだけれど
ちっとも音の主も在り処も分からない。

そうだ!
思いついて、子供部屋に双眼鏡を探しにいく。

確か、下の子がもっていたはず。

机の引き出しを順番に開けると
あったあった!
「ちょっと拝借^^」


急いで取って返し
も一度、音のする方を覗いてみると・・・・

なんとなんと
キツツキではあるまいか。

こんな街中の
一応はマンション街のはずれに
キツツキが来るなんて。

もしかすると、鶯以上に驚きだったかも。

あまりに小さい影で
レンズを一番大きく望遠にさせてみたが
すると、影がぼやけて
図鑑で調べられるほど見えないのが
とても残念だった。

けど、完全にキツツキが、木を突く度に
コーン コーン コココココッ
と、音が鳴り響く。

あまりに感激し
(だってだって、この家の中から、我が家の窓から
 こ~んな風景を観察できるなんて!!)

今ここに、子供たちや、ガメどんがいないことが
本当に残念で残念で。



しばし、時間を忘れて
私は子供の双眼鏡で
キツツキの家づくりを眺めることが出来た。


子供のころよく観た
アメリカの痛快な、アニメーションに出てくる
「ウッドペッカー」が、私の頭にしっかりあって・・・
キツツキと言えば、あの独特の鳴き方と
大木にドリルのように穴を開ける、あの仕種だった。


ところが


本当のキツツキは
なんとも質素で、小さくて 
その姿も、家づくりも、そうして住まいも
とても地味なのだ。


キツツキは、遠くから観ていたので
その本当の大きさは分からないけれども
たぶん、ヒヨドリなんかの方が
大きいのではないかと思う。

大木に穴を開ける なんて、とんでもなく
そのキツツキが我が家に選んだ枝は
細くて頼りなげ~な小枝で

そしてなんとなんと
その小枝の下側に。。。 影になるところに
穴を開けているのだった。

突きすぎると、
あっという間に、向こう側へ突き破ってしまいそうな
そんな細い枝の、裏側に
キツツキは、一生懸命 我が家を作る。


双眼鏡を覗きながら
キツツキになって考えてみる。


なるほど
その場所なら、雨が降ってもかからないだろう。
風が吹いても、穴の中までは強く吹きつけないだろう。

それに、ヘビやカラスもきっと、入りにくかろう。

ああ
キツツキの お父さん? お母さん? は
なんと家族を愛しているんだろ~

これから生まれる我が子が
一番、安心して
一番、落ち着いて
安全に育つことが出来るように
家族の身だけ
すっぽり納まる家を
大切に手作りしているのだった。


これには参った。
心底参った。


「身の丈」 「分」 ・・・

「つましく欲張らず」 は

本当は、それが一番の「しあわせ」だった。

神様は時折、思いもよらない姿になって
私たちにそのことを告げてくれる。

いえいえ キツツキ自身が、神様なんだね。

分かっていたはずの私は
何一つ、知らなかったことを
あの小さなキツツキは教えてくれたのだ。


自然が創りたもうた この世の生き物には

その「いのち」一つで
その「身体」一つで

ちゃ~んと足りるように
ちゃ~んと「完全無欠」に

つくってもらっているのだな~~ と

そう気づいた瞬間だったのだ。




母から学ぶこと
父から学ぶこと
年寄りから学ぶこと

そして自然から学ぶことの大きさは
「知識」ではなく
「知恵」だけでもない

もっともっと、身体の奥深くに
私たち自身、ちゃ~んと生まれたときから
「いのち」となったときから持っていた・・・「いとなみ」

大切な大切な、やさしいやさしい
生きてゆく力 生きる心 に気づくこと。。。

それこそが 愛 ではないかと。





あのキツツキから教わって


そうして


山ざとの家。


見かけは、やっぱりとても地味で
周りに建つ家々と比べると
ちっとも目立たず
いつもだまって私たちを迎えてくれる。


でも
私には聞こえる。


ようこそ  


待っていました  


ありがとう     と。




この家が
喜んでくれる

この家が
しあわせだと思ってくれる

そんな私たちでいたい。

そんなふうに暮らしたい。



すこしずつ すこしずつ 手作りして


あの夏の日の 小さなキツツキとなって。



2012.02.16 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。