星降る山の麓から

たとえばこの、街の家を選んだ理由は
広さと間取り、使いやすさだった。

部屋と部屋の間は
壁一枚、戸一枚で仕切られ
廊下などなく

つまりワンルームのようにも使える
段差もない造りだったから。

上の子が、まだ赤ちゃんで
車椅子で子育てする上で
最適だと思って決断したのだった。

築3年という、新しさも気に入って
少し無理して購入したのだったけど・・・・


それなりに色んなことを経験し
ここまで年を重ねて

そして山ざとの家に出会い
全部木造りの、愛情こもる家を建てた大工さんの
一言を聞いた瞬間に
目からウロコが落ちた。

「コンクリートの家を買うのに
 何千万という大金を払う人の気が知れない」


「 家を観る 」

とは、

「 命を観る 」

ことなんだと、鳥肌がたったのだった。


服を選ぶとき
色やデザイン以上に
素材を観るようになった。

命を包む
一番最初のもの・・・

人間が、自分の毛皮を失って
代わりに獣の毛や皮を着ていたのが

だんだん木の皮や蔓を加工するようになり
植物の繊維をもらい

そして次第に、化学繊維へと進み

丈夫さが求められたり
軽さや美しさが絶賛され

今や
吸湿する繊維、暖かな繊維が
人気の主流になっているけれど


でも

それのどれもが、命とは、全然遠くに行ってしまった。

命は 命で守られ 命で育てられているはず。。。

本来、身に着けるものも

科学・化学から離れた「命」であってほしい。


そうして

「家」も然りだったのだ。



今ある、万の病のどれにも
食べ物や飲み水、吸っている空気だけではなく

着ているものや、すんでいる家
そして仕事場となっている建物などなど
数えあげたらキリがないけど

そんなものが、原因の一つに
必ず入ると思うのだ。

そう考えると

病のどれもが、
「シックハウス」とも言えるのではないだろうか。









山ざとの我が家の庭にも

その向かいの地にも

梅の木が大きく枝を広げていて・・・

一本の木が、ここまで成長するには

何年の月日がかかったろうかと思うと

人の命を包む 家 という命が

豊かな「家」になるには

10年 20年 かかって初めてなのかもしれない と


山ざとの家にまた、心焦がれるのだ。

2012.01.26 / Top↑
このお正月は、山ざとの家だった。
年末から、お正月の間中 
街の家を空けることは
今まで一度もなかった。

それだけに
出かけるとなると
さあタイヘン だったのだ。

いつも年末にお餅を送ってくださる方に
なんて言おう・・・
その方のご好意なので
こちらから事前にお断りするなんて
そんな失礼なことは出来ないし。

そうそう。
毎年、睨み鯛を生協で注文しているけれど
それも配達が年末なので無理だし。

しめなわも、街の家の分と
山ざとの分と準備して

お料理も計画をたてて
作らなければ。

黒豆と、数の子は例年より早く
29日に仕上げ
他の下準備を30日に。

そして31日、
山ざとで

お煮しめやら、お魚料理 お肉料理
お雑煮の下ごしらえと
年越し蕎麦。


一番、大変だったのが

この子たち。

120123_082042.jpg

街の家では、このように
悠長にかまえているが
連れていく道中からタイヘン。

籠に入れ
車に乗っている間中
ニャウニャウ ニャウニャウ
ニャウニャウ ニャウニャウ

まるで2匹で歌うように
ずっと鳴きどおし。

山ざとに着いても
今度は籠から出ようともしない。

籠の中で毛糸玉のようになって
プルプル震え、ちぢこまっている。

やっとこさ出してやっても
今度は長椅子の上の毛布の中で
ずっと隠れたまま。
シッポは出ているのに。

ご飯どころか
お水も飲まず
おしっこもしないで。。。

参った参った。

猫って、犬よりテリトリーが狭くて
それより外へは出ないというけど
昔飼ってたニャンコは
まるで犬みたいに
リードでつないだまま
車に乗ったし

初めての家でも探検しまくりだった。

・・・・でも
あの子は、外にも出入り自由で
うちに居た子だったし。。。
そんな違いが出てるのかな~。

やっと慣れてきたのは
もう帰る前の晩
2日の夕方くらいから。

またしばらく
山ざとに連れていけない日が続く。

あ~ 
この次はまた忘れてるかな~
一からやり直しか~・・・

でも
今度行くときは、季節も暖かくなって
山ざとは春いっぱいだろうな。

そしたらちょっとは
はしゃぐかな?

トイレの砂も 変えずに置いてるゾ~


2012.01.23 / Top↑