星降る山の麓から

アトリエが出来ました。

それも、おとーちゃん手作りの。


   150403_150051.jpg


・・・ パソコンを置いている部屋に
手作りで机を設えてもらった ・・・
というだけなんですが^^;

ちょっとカッチョよく、「アトリエ」
なんて言ってみました。 (; ̄ー ̄A


それでも、念願の
というだけあって、感激で。


実はずっと、街の我が家でも
仕事はいつも、リビングのテーブルだったのです。

自分の机も、持つには持っていましたが
高さといい、デザインといい
車椅子では使いにくく
結局、物置状態となってて A ̄▽ ̄;)・゜゜・

油彩なんかだったら、そうはいかないけれど
私の場合、画材は水彩絵の具が主で
それもあまり大きなものは制作しないし

リビングのテーブルで充分間に合ってた・・・
のですよね (=^^=)v

それに 
子供が産まれると
自分のことは二の次、三の次となり
先ずは子供の部屋、子供の机・・・
子供の、子供の・・・
となって 苦節30年 (?)

「自分のアトリエ」なんて、夢のまた夢。
「使い心地のいい机」は、憧れのまんま。
そのまま一生を過ごすのだと思っていました。

この家に越して来てからも
今までどおり、リビングのテーブルが
やっぱり私の仕事机 だったのですが

なんか、この窓を眺めていたら
どうしてもここで絵が描きたくて・・・

とーちゃんに頼んでしまいました。




日曜大工など、今の今まで
まったく ぜ~んぜん  
したことなかったとーちゃん。

自分がそんなこと、「する」 とも思ってなかったでしょうに。

この山さとへ越して来て
畑仕事や薪割りや
もう慣れない仕事ばっかりで

           140913_125339.jpg


初めて使うチェーンソーや
斧や鎌や
おとーちゃん、大活躍の毎日。

不器用なとーちゃんなりに
それでも少しずつ
そんなことができるようになって

これは、手作りの机も
夢ではないかもしれない。。。 

そうして、完成したのでした。


簡単な作りでも、とーちゃんにしてみたら
汗だくになりながら大々奮闘した
超大作! 大傑作! 
というもの、

この齢になって、こんな夢が叶い
私も超~~うれしいです。


アリがとーちゃん ハエがかーちゃん。



さー
私もがんばって、お仕事しなくちゃね! (= ̄∇ ̄=)♪


ボクたちも、さっそく偵察に上がって来ましたよ。



    150407_072010.jpg
   「座り心地はまぁまぁやな」 「そやな」


           150407_072055.jpg
    「そやけど、ホンマにお母ちゃん、ここで仕事するんかいな?」
   「さぼりやからな わからんで。いやほんま」
   






おとーちゃん^^ ご苦労様です。
またお願いネ (*^^)v

・・・・・ と味をしめた私は
間髪を入れず、
またもや一つ、作ってもらったのでした。


                 150405_162037.jpg



キッチンに ローボード v(。・・。) ♪

とーちゃん やるやん!



毎日が日曜日となった今

とーちゃんの日曜大工は毎日大工。  A ̄エ ̄;)・゜゜・


2015.04.07 / Top↑
さて。

大工さんの 「 めっけもの part 2 」
とでも申しましょうか。

工事のさなか
あの山育ちの大工さんが
こんなものも見つけました。

141111_141921.jpg


な、なんじゃこりゃ? 
・・と 思われたかちら~   

私も最初、そう思いました。  A ̄▽ ̄;)


これ  トックリバチの巣  だそうです。 


大きさは・・・ というと・・・

tokkuri.jpg

そう  これくらい!

もぉ~ びっくらこきました。
こんな大きなの、初めてです。

街のマンションでも
トックリバチの巣は、いくつもありましたが
どれも小さい可愛いもので

ピンポン玉よりもっと小さい・・・
ビー玉くらいでしょうか。
そして、色は灰色です。
こんな茶色ではなかったのよね。

そんなのが、マンションの窓のサッシ周辺に
よーく くっついていました。

そういうのが、「トックリバチの巣」だと思っていました。
でもこれも、実は蜂の住宅事情だったんですね~。

蜂の周辺にある材料も違えば
環境もまるで違っているんだから
お家のスタイルも違って当然よね。

マンションの巣は
小さいけれど、コンクリートの粉製なので
そんなヤワではなく
少々つまんでも、壊れることはなかったのですが

この、茶色い大きな巣は
たぶん木造^^;
フカフカで柔らかく、
厚さ 0,2~3㎜? ほどかしら。
フツーに握れないくらい繊細です。

コンクリート造のお家は
自分一人、雨風防ぐためか
せいぜい卵を産んだら
それでおしまいなのか・・・
こぢんまりとワンルームなんだけど^^

この木造のほうは
中にあの六角形の小部屋が
いくつもあって
家族団欒、一家で集い
子育てもして
いつか子どもらもみんな巣立って・・・
・・そんなお家みたい。

150119_094111.jpg

巣の付け根から外してしまったので
トックリ型の巣の中で
小部屋がカタカタ転がって

この↑の写真では
中で小部屋が逆さになってしまっているのです。

本当は、小さくすぼんだ口の方に
六角形の小部屋の窓が広がっているのよね。

蜂はその、小さい口から出入りして
せっせと子育てしてたんだね~。

「トックリバチの巣があると
 その家に福をもたらすそうで
 縁起がいいんだそうですヨ。」

と、大工さん。

きゃ~♡
そうだったらいいな~~ 

・・・って  (´・_・`)

じゃ、じゃあ 取ってしもたら
あかんかったんちゃうん・・・・・?

    (T▽T)


・・・と、いうことで
このトックリバチの巣は
大切~に 箱に入れて 
しまっております。
2015.01.19 / Top↑
やっと

山さとの暮らしが始まった。

6月の9日。

本当の引越しは、10日だったんだけど

私とヒゲのボクたち2匹

お先に越して来た。


ここは、家に居ながらにして、外も同じ。。。 A ̄▽ ̄;)

そんなところなので

引越しの騒動で、ボクらが脱走して

そのまま行方不明・・・ にもなり兼ねないと

引越し前に来るべきか

それとも後で来るべきか・・・

悩んで迷った挙句、前となった。

それが功を成してかどうか

ボクらは迷子にならずに健在です^^;


はぁ~~~~ 

それにしても。

中高年の引越しや恐るべし!

そりゃ~大変だとは想っていたが

大変だった~~~!!


考えてみれば、あの街のマンションに30年。

30年間 住んでいたのだから。

思い出も荷物も不用品(はっきりゴミ!)も

山のようにあって。

引越し準備の真っ最中

ある日、何を見てもボーゼンとなり・・・・

どの部屋を見ても

どの荷物を眺めても・・・

果てしなくボーゼンとなってしまい。。。

「引越しって・・・ こんなにもボーゼンとするものだったのね・・・ 」

などと、家族に感想を述べたりしてたんだけど

ふと熱を測ってビックリ!

8度7分もあるし!!!


ほりゃボーゼンとなるわさ。


子どもの頃から、熱に強い私。

まさか発熱してるなんて、知らなかった。

(程度モンやろに)


そんなこんなで引越しも終わって・・・・

あれから思えば、夢のような暮らしが有難い。

朝夕、降るような蜩のカナカナシャワーを浴びて

向こうの山の空ではとんびが ぴーひょろ~~ と

まだ暗いうちに表に出ると、アナグマの相撲が見られて^^


山さとの、みんなみんな 

これから どうぞよろしくね。



DVC00591.jpg


2014.08.11 / Top↑
さあ
今年はいよいよ、街の我が家と
最後のお正月でした。

そう思うと
あんなに早く、山さとへ移る日を夢見ていたのに
なんだかちょっと、さみしい~~・・くなって
壁やら柱やら
気がついたら、ふと撫でていたりして

30年も、過ごして来た家だもんね。
いざとなると、それはもう感慨深いものがあり
よかったことも、そうでなかったことも
どれもが懐かしく
胸の奥底にじんわり広がって
染みていくようで

朝目覚めて、枕を眺めたら
この部屋で
病に伏せったことも愛おしい。


子供たちの背丈を測った柱は・・・
リフォームの時に、ここだけペンキを塗り替えず
そのままおいてもらったけれど
・・もうそれも、置いていくしかないんだね。

私たちが出て行ったあと
この柱は、誰かに塗り替えられるのも知らず
今ここにこうして黙って在って

せめて、自分たちで
綺麗に拭って行ってやろうかと思ったら
胸がいっぱいになった。


ありがとう。

こんなに長く、この家に居たのに

その一言しかなくてごめんね。


その子供たちも、すっかり大人になって
・・・いろいろ 
心配なことも、まだあるけれど

それでも健康で、
心豊かに、優しい人に育ってくれ
そうだ、これ以上望んだらバチがあたるね。

ただただ、命だけを愛するように
この柱の傷は、微笑みながら私に教える。


あと数か月

この家との暮らしを
これまでどおりに過ごしながら

この家の、次の人生がまた幸せであるように
感謝をこめて大切に送りましょう。


緑の風の流れる山さとに
ともすれば、心躍るばかりで
もしも越してしまっていたら

・・・・

そう思うと

きっとこの家が
私たちとの別れを惜しんでくれている・・・
その何かが・・
私に伝わるのかもしれない・・


ありがとう。

あなたも元気でいてね。

そしてどうか、あたたかな家族が
また住んでくれますように。

あなたをどうぞ、いくつもの笑い声と
笑顔で満たしてくれますように。



ありがとう。


2014.01.07 / Top↑
ついに  というか

いよいよ? とうとう?

おとーさん、会社に 来春辞職願い 出しました。


定年は、再来年なんだけど

一年前に 辞める決心がつきました。


心は

ほんとはもっと、早く辞めて
山さとに移りたいくらいなんだけど

いくらなんでもね^^;
それはちょっと、無責任だしね・・・
抱えてる仕事の量も、半端じゃないし

一年前の退職が 精一杯。

今それで、けっこう てんてこ舞いしてる様子。

会社の中も
人事や、次を引き継ぐ人に
反対されたり
「あと一年やんか~」
なんて言い方じゃないと思うけど
まぁ中身はそういうことで

おとーさん
ちょっと頑張ってる。


まさか と思っていたことが
叶うかもしれない。

どんなだろう。
今度の春から
あの山さとで
おとーさんと おヒゲのボクたちとの
4にん暮らしが始まる。

いよいよとなると
ドキドキするね。



120408_155947.jpg


2013.12.12 / Top↑
130919_225805a.jpg

台風前夜 山さと着。

翌日、日曜の夜ぐらいから雨風が激しくなり

夜中トイレに起きてみると

物凄い雨風の音。

カーテンの隙間から、木の葉が大揺れに揺れるのが見える。

え・・・?

もしかして、これって台風直撃・・?

それはタイヘン!

ということで、夜中にろうそくの用意だの何だのゴソゴソ始め

あらためて見てみると、緊急用のろうそくなどなくて

あるのは、アロマろうそくのいろいろ。

小さいのから中くらいまで、たくさん買ってあって・・・

A^_^;) 私って つくづく・・・

危機意識・・っていうの? に乏しい性格だと再認識。

でもま、まるでろうそくがないよりマシだよネ^^

なんてすぐに楽観。

そーよ。これだってろうそくだし、十分間に合う。

まるで準備のいい加減さを数で補うかのように

ごろごろとアロマろうそくを並べ、ベッドに入る。


あんなにゴーゴーと風の音がしてるのに

ストーンと眠りにつく。



翌日、アロマろうそくを使うこともなく 

無事 朝を迎えた。

台風一過の、すこぶるいいお天気。

日曜にやって来た長男と三人で、少し遅い朝ごはんを食べていたら

玄関にお隣の奥さん。


「大丈夫でしたか~?」 と、親切に声をかけて下さった。

「怖かったですね~! すんごい風で、
 家、揺れませんでした?」

「え・・? いえ・・たぶん揺れてないと・・」

「あら、そうですか。 ミシミシ言いませんでした?
 うちの姉とこなんか、すんごいミシミシ言ったらしいワ。
 うちもだいぶ揺れて・・・」

「わぁ そうやったんですか、怖かったですね~」


この辺で、我が家だけ平屋建ての、ずんぐりした外見で
最初、この家の写真を見たときも
とーさんと二人だけで、ドライブがてら見に来たときも
飾り一つあるわけでない、ただの箱型の
ドテっとしたこの家は
まるで物置かなんかのようで
ちっとも期待してなかったのだった。

それでもこの家に決めたのは
いろいろ理由があるけれど・・・
この家に呼ばれて来たような 不思議な気がしている。

今になってもそんな気がして
やっぱりそうだったんだ・・・と思った。

それにこんな大きな台風前夜に 三連休だからって

さっさと山さとへ来たのも、なんか不思議。

「わたしが守るから、安心して越しておいで」

家の精がそう伝えたかったのかもしれない。


枝一つ折れず、うちの木々たちもほっとしているよう。
小さな柚子の木もオリーブも
まわりの大きなお兄さんお姉さんの木に守られて
一緒にちゃんと立っていた。


台風が、何もかも持っていったあとの
澄んだ空に、中秋のお月さまがまんまるく
金色に光っていました。


130920_201825.jpg



2013.09.21 / Top↑
先々週になるのかな?

その日 母の喜寿のお祝いで

久しぶりに兄弟も皆、揃ったのだった。

父が生きているころは

父のお祝いは、我が家なりに・・だけれど、盛大にしても

母のお祝いは、いつも父のお祝いに隠れ

まぁ・・なんていうか

ついで? A ̄▽ ̄;) ・゜゜・

みたいな感じで。。。。


そのクセがついているのか

母もまた、自分のために派手なことの苦手な人で

今回も

「 まあ そこらへんでご飯を一緒にするか、お寿司でもとって
 
 みんなで乾杯したらええんちゃう? 」 ・・的な・・・

そんな具合だったのだけど

ガメどんが

「山さとにご招待して、お祝いしたらどうや?」

と、名乗りを上げてくれ

「それならば!」 ということで^^;

一ヶ月前くらいに急遽、一大イベント計画が持ち上がったのだった。




実は・・・

山さとの家はまだ、どちらの親兄弟にも

隠密だった。  A ̄エ ̄;)・゜゜・


それが母の喜寿祝いに、私たち夫婦の

「 終の棲家お披露目会 」を兼ねることになって。



さあ~

そうなると、どこから攻めるか?^^


前に書いたかもしれないが

この山さとの家は、実家の長男(すぐ下の弟)の家に近く

山さとで、お祝いの席を設けようすると

この弟の助けが必然となってくる。


そこで・・ついに! ・・というか、先ず^^

その弟に、メールでバラしたのだった。


それはそれは、ビックリした弟が

すぐに電話をかけてきて

これまでの、すべての「ことの成り行き」を話したのだった。


そうして・・・ 

まずは、ご近所さんとなったこの弟に、山さとの家を紹介し

(・・・息子以外の、初めてのお客さんを迎え^^)

やっと、この度の母のお祝いの運びとなった。



そこからの、ほぼ1ヶ月。

私と弟との秘密協定は、どうにかこうにか実を結び

最後の最後まで、母と末の弟家族にバレることなく

(末の弟は遠方なので、今回仲間外れとなり、ちと可哀相だったが。。。)

無口なくせに、隠し事が苦手な弟は

母たちからの質問に、しどろもどろになりながらも

なんとか持ちこたえてくれたのだった。





当日。

そんなこととは、ゆめゆめ思ってもいない母が

山さとの我が家に到着した。


車でやって来た末の弟が、実家に寄って、母を乗せて来る代わりに

私と弟1(ややこしいので、ここから「弟1」「弟2」としよう。^^;)は

お祝いの席を万全に整える・・という名目だ。

弟2から私の携帯に、「予定より早く到着」の連絡が入り、大慌てとなった。

山さとの田舎でただ1軒?の料理屋さんに

仕出し弁当を注文していたので

ガメどんは、そのお祝い弁当を受け取りに行く。


実は、このお料理屋さんの楽しいネタも、一つあるのだが

それはいずれまたの機会に。


そうこうしているうち、弟1の車が到着。

「連れて来たで^^」 と。

途中からの道案内を、弟1に頼んだのだった。



車椅子用にリフォームした玄関のスロープの上で

私が待っていると、下から母がにこやかに上がってくる。

山さとの家を、まだ何かのお店だと思っている様子で^^;

「今日は、どうもありがとう」 と、母は頭を下げた。

誘導してきた弟1は、私に目配せしながら にやにやしている。

弟1と目で合図を送りあいながら・・・

私もまた、母に頭を下げる。 

「ようこそ 我が家へ。」

「どうもどうも^^」 

一瞬の隙もなく、答える母。

そりゃそうだよね。

到着してすぐ、そんな、まさかの言葉に反応ないよね^^


一呼吸おいて、もう一度 同じ言葉を繰り返してみた。

「ようこそ^^ 我が家へ。」

そこでハタと気がついた母は、 え? という顔で辺りを見回した。


「ようこそ 我が終の棲家へ^^ ほら、表札見て。」と指をさした。


そこからはもう、ビックリ仰天の、どんでん返しの、どよめきの中で^^; 

わらわらとお祝いの一日が始まった。



母と、二人の弟、そのお嫁さんたち、弟2の末娘・・・

うちの家族四人の、総勢10人が

山さとの我が家で集い、賑やかに楽しいひと時を過ごす。


母の驚きようと喜びようは、私が想像する以上で

・・・というより ・・ もしかしたら

母は、こんな田舎に私が越してくることを

心配に思って反対するかもしれない・・と・・ 

ちょっと・・・ほんのちょっと・・そう思って案じていたけれど

それが全部、キレイ~に払拭されて

それどころか、本当に、心から喜んで

自分の幸せとして、思ってくれるほどとなった。


「子供たちが、みんなみんな幸せで、これほど嬉しいことはない。」と

母はそう言って、心から喜び



そうして・・・・

心から、安心してくれた。



私が、弟1の近くに、こんな可愛い家を持ち

そこで暮らすことが、母にとって何よりの安心と

何よりの幸せになったのだろう。




ああ

この山さとの家は、母への恩返しまで

私にさせてくれたのだ。

親孝行の家にまでなってくれたのだった。





父の写真を

弟1のお嫁さんが、優しくバンダナに包んで持って来てくれていた。


母も私も、そんなことまで気が回らず^^;

父のことなど、ほったらかしで忘れていたのに

( 仏ほっとけ と言うらしいが^^; )←こんな時だけ都合よく・・・

その父の写真を見ていて ふと気がついた。。。。


もしかしたら 父が この家を見つけてくれ

私たちを導いてくれたのかもしれない。

私のことを、母と同じように 母以上に 案じていた父。。。

小さいころ、いつも私の足をさすって、

「accoちゃんの足が、一日も早くよくなりますように

 歩けるようになりますように」

そう言っていた父だった。

子供心に、もしかして、この父が亡くなったら・・・

自分の足を、私にくれるつもりかもしれない・・・

そんなことを思ったこともあったのだが

もう長く、そんなころのことを忘れていた。


でも・・・自分の足を、私にくれること以上に

私が・・ 母が、兄弟が、家族がみんな、幸せになるように

この家を見つけて、連れてきてくれたのが父だった・・・?


お父さん そうやったん?


訊こうにも、もう答えてはくれないが

だんだん だんだん そんな気がしてきて・・・

だってあまりにも、この家には素敵なことがありすぎて

一杯一杯の福を持って、私たち夫婦を呼んでくれた。。。

そんな気がして・・・

そして母があんなに喜んだことが、何よりそれを物語っている。



こうして、母のお祝いの日は、無事に終わりました。




ありがとう。 みんなみんな。


ありがとう。 おかあさん。



おとうさん。 ありがとう。



それから^^ ガメどん ありがとう。


これから大切に、この家で過ごしていきます。



 
2012.06.11 / Top↑
突風 ・・・というものだろうか

とにかく、すごい風。

それに雨も。

この季節に、こんな天候も初めて。

ニュースでは、大型車が横転していたり

風に倒された家屋の下敷きになったりして

亡くなった方も出たほどの

ものすごい嵐だった。


屋根を遥かに超すヒマラヤ杉は

無事だろうか。

120325_140127.jpg


ぽつぽつと咲き始めた梅や

植えたばかりの柚子の赤ちゃん

沢山の葉を茂らせて、楽しませてくれる月桂樹は?

小さなスミレは耐えただろうか。

みんなみんな、その無事を祈るばかり。

どの木もみんな、我が家の子どもたち。


こんな日は

離れているのが恨めしく

早く一緒に暮らしたい。


もうすぐ、帰るからね。


2012.04.04 / Top↑
昔・・・ まだ上の子が小学生だったとき

とても不思議で とても素敵な 事件? があった。


雨上がりの午後 子供部屋から

上の子が叫びながら走って来た。


「かあさん!

 外見て!!

 お外が紫色や~!!」

え? と振り返って 窓に目をやると

本当に、空・・というより 

景色が全部、紫色に見える。

な、なんや~?

あちこちの窓を見るが

子供部屋から見える東の景色が

一番、紫が濃い。


下の子も飛び跳ねてさわいでいる。

「お外、出てみよー!!」

子供らは、大はしゃぎで外へ飛び出す。


「かあさん かあさん!

 やっぱり紫色や!!
 
 すっご~~~!!!」

子供らは興奮して、私のそばを行ったり来たり。


やっと外へ出た私は、目を見張る。

本当に、どこもかしこも紫色なのだった。

遠い空も そして自分のまわりも 

みんなみんな 紫色の空気。


まるで夢の中にでもいるようで

しばらく子供たちとみとれるやら 

・・・ ほぉ~~~~~ っとため息をつくやら

そのうちに、紫色はピンクに変わりオレンジに変わり・・・

そして黄色になって・・・

次第に消えていった。


あまりに不思議な、あまりに素敵な出来事に

それがどういうことだったのか

まるでわからないのだけれども

子供が言った。


「かあさん、虹の端っこに入ってたんかなぁ!?

虹の生まれたとこやね?」


そうだ。 虹の端っこ。

虹の生まれたところだったのか。


今思い出しても、あれは夢か幻か。


あのとき

外に飛び出していたのは、私たち親子だけで

マンションの人たち、他の誰も出ていなかった。。。

たまたま

私たちだけしか、あのとき居なかったのだろうか?

それとも たまたま

私たち親子で、同じ夢を見ていたんだろうか・・・?


わからない。

わからないけれど

この街の家にも

神さまはちゃんと住んでいて。


こんな街中の、小さなマンションに

鶯の声を運んだり

キツツキが木槌を振るったり^^

それから「虹の端っこ」のプレゼント。。。




神さまは、見ようと思えば

いつでもそばに見えるのかもしれない。

いえ、目には見えなくても・・・

聞こえるかもしれず

肌に触れるかもしれず・・・

思いとなって、心に届くかもしれず


そのことに、気づくか 気づかないか

それだけの違いかもしれない。

きっと、みんな出逢っているんだね。

今、こうしている そのそばにも

虹の端っこは、あるのかもしれない。




111114_092248.jpg
2012.02.18 / Top↑
いつの夏だったろう?

この街の我が家は、裏には竹が生い茂り
その隙間には、どんぐりの木などが育っている。

それでか、いろんな鳥がやってくる中
驚いたことに、キツツキまでやって来るのだ。

この家に越して、はじめての春は
どこからとも鳴く鶯の声に驚き
「まさかね^^;」
と、決め込んでいた私は

「もしかして、どこかのお宅で
 ウグイス飼ってるのかな?」

かな? かな? かな? ・・・(´・ω・`)?

などと勝手に思っていたのだけれど
なんとこの街中の、ほんの小さなヤブの中に
鶯は、やってくるのだった。

きっと、このマンションが建つ前には
ここらは、竹やぶや、林が広がり
ちょっとした野生の楽園だったのかもしれない。


それから数年
ある夏の、ある日
遠くから、コーン コーン ・・・・
と、何かを叩く音が聞こえる。。。

藪の中にこだまして
暑い夏の家の中に
なんとも涼しげな・・・木槌を振るうような・・・

一体、誰が何を叩いているんだろう?

その音は、だんだん響きを増して
時折、ココココッ ココココッ コーーーーン コココッ
と、不規則なリズムに変わって来・・・

それまで居間のテーブルで
窓に背を向け、仕事をしていた私も
いよいよ興味が湧いて

目を凝らして藪の中を見るのだけれど
ちっとも音の主も在り処も分からない。

そうだ!
思いついて、子供部屋に双眼鏡を探しにいく。

確か、下の子がもっていたはず。

机の引き出しを順番に開けると
あったあった!
「ちょっと拝借^^」


急いで取って返し
も一度、音のする方を覗いてみると・・・・

なんとなんと
キツツキではあるまいか。

こんな街中の
一応はマンション街のはずれに
キツツキが来るなんて。

もしかすると、鶯以上に驚きだったかも。

あまりに小さい影で
レンズを一番大きく望遠にさせてみたが
すると、影がぼやけて
図鑑で調べられるほど見えないのが
とても残念だった。

けど、完全にキツツキが、木を突く度に
コーン コーン コココココッ
と、音が鳴り響く。

あまりに感激し
(だってだって、この家の中から、我が家の窓から
 こ~んな風景を観察できるなんて!!)

今ここに、子供たちや、ガメどんがいないことが
本当に残念で残念で。



しばし、時間を忘れて
私は子供の双眼鏡で
キツツキの家づくりを眺めることが出来た。


子供のころよく観た
アメリカの痛快な、アニメーションに出てくる
「ウッドペッカー」が、私の頭にしっかりあって・・・
キツツキと言えば、あの独特の鳴き方と
大木にドリルのように穴を開ける、あの仕種だった。


ところが


本当のキツツキは
なんとも質素で、小さくて 
その姿も、家づくりも、そうして住まいも
とても地味なのだ。


キツツキは、遠くから観ていたので
その本当の大きさは分からないけれども
たぶん、ヒヨドリなんかの方が
大きいのではないかと思う。

大木に穴を開ける なんて、とんでもなく
そのキツツキが我が家に選んだ枝は
細くて頼りなげ~な小枝で

そしてなんとなんと
その小枝の下側に。。。 影になるところに
穴を開けているのだった。

突きすぎると、
あっという間に、向こう側へ突き破ってしまいそうな
そんな細い枝の、裏側に
キツツキは、一生懸命 我が家を作る。


双眼鏡を覗きながら
キツツキになって考えてみる。


なるほど
その場所なら、雨が降ってもかからないだろう。
風が吹いても、穴の中までは強く吹きつけないだろう。

それに、ヘビやカラスもきっと、入りにくかろう。

ああ
キツツキの お父さん? お母さん? は
なんと家族を愛しているんだろ~

これから生まれる我が子が
一番、安心して
一番、落ち着いて
安全に育つことが出来るように
家族の身だけ
すっぽり納まる家を
大切に手作りしているのだった。


これには参った。
心底参った。


「身の丈」 「分」 ・・・

「つましく欲張らず」 は

本当は、それが一番の「しあわせ」だった。

神様は時折、思いもよらない姿になって
私たちにそのことを告げてくれる。

いえいえ キツツキ自身が、神様なんだね。

分かっていたはずの私は
何一つ、知らなかったことを
あの小さなキツツキは教えてくれたのだ。


自然が創りたもうた この世の生き物には

その「いのち」一つで
その「身体」一つで

ちゃ~んと足りるように
ちゃ~んと「完全無欠」に

つくってもらっているのだな~~ と

そう気づいた瞬間だったのだ。




母から学ぶこと
父から学ぶこと
年寄りから学ぶこと

そして自然から学ぶことの大きさは
「知識」ではなく
「知恵」だけでもない

もっともっと、身体の奥深くに
私たち自身、ちゃ~んと生まれたときから
「いのち」となったときから持っていた・・・「いとなみ」

大切な大切な、やさしいやさしい
生きてゆく力 生きる心 に気づくこと。。。

それこそが 愛 ではないかと。





あのキツツキから教わって


そうして


山ざとの家。


見かけは、やっぱりとても地味で
周りに建つ家々と比べると
ちっとも目立たず
いつもだまって私たちを迎えてくれる。


でも
私には聞こえる。


ようこそ  


待っていました  


ありがとう     と。




この家が
喜んでくれる

この家が
しあわせだと思ってくれる

そんな私たちでいたい。

そんなふうに暮らしたい。



すこしずつ すこしずつ 手作りして


あの夏の日の 小さなキツツキとなって。



2012.02.16 / Top↑
たとえばこの、街の家を選んだ理由は
広さと間取り、使いやすさだった。

部屋と部屋の間は
壁一枚、戸一枚で仕切られ
廊下などなく

つまりワンルームのようにも使える
段差もない造りだったから。

上の子が、まだ赤ちゃんで
車椅子で子育てする上で
最適だと思って決断したのだった。

築3年という、新しさも気に入って
少し無理して購入したのだったけど・・・・


それなりに色んなことを経験し
ここまで年を重ねて

そして山ざとの家に出会い
全部木造りの、愛情こもる家を建てた大工さんの
一言を聞いた瞬間に
目からウロコが落ちた。

「コンクリートの家を買うのに
 何千万という大金を払う人の気が知れない」


「 家を観る 」

とは、

「 命を観る 」

ことなんだと、鳥肌がたったのだった。


服を選ぶとき
色やデザイン以上に
素材を観るようになった。

命を包む
一番最初のもの・・・

人間が、自分の毛皮を失って
代わりに獣の毛や皮を着ていたのが

だんだん木の皮や蔓を加工するようになり
植物の繊維をもらい

そして次第に、化学繊維へと進み

丈夫さが求められたり
軽さや美しさが絶賛され

今や
吸湿する繊維、暖かな繊維が
人気の主流になっているけれど


でも

それのどれもが、命とは、全然遠くに行ってしまった。

命は 命で守られ 命で育てられているはず。。。

本来、身に着けるものも

科学・化学から離れた「命」であってほしい。


そうして

「家」も然りだったのだ。



今ある、万の病のどれにも
食べ物や飲み水、吸っている空気だけではなく

着ているものや、すんでいる家
そして仕事場となっている建物などなど
数えあげたらキリがないけど

そんなものが、原因の一つに
必ず入ると思うのだ。

そう考えると

病のどれもが、
「シックハウス」とも言えるのではないだろうか。









山ざとの我が家の庭にも

その向かいの地にも

梅の木が大きく枝を広げていて・・・

一本の木が、ここまで成長するには

何年の月日がかかったろうかと思うと

人の命を包む 家 という命が

豊かな「家」になるには

10年 20年 かかって初めてなのかもしれない と


山ざとの家にまた、心焦がれるのだ。

2012.01.26 / Top↑
この、早飲み込みというか・・・
あわてん坊というか・・・

だいたい平素はのんびり屋で
もう少し、なんでもちゃちゃっと
出来ればいいのにと思うほどなのに

何かの拍子で、こんな側面が出る。

どうやらここは、母親に似たのか
それとも、父親にこういうところがあったのか。

私の記憶では、父親にはなかったようだから
やっぱり、犯人は母親か。



ちゃんとサイズを測っておきながら
ぎりぎりの寸法で、生地を買ってしまっている。

おかげで・・・

111114_130023.jpg

カーテンというより・・ こりゃ暖簾だ。




このキッチン、
元々のキッチンの天板を再利用して
高さだけを変え
木製でリフォームしてもらった。

そしたら、以前より この家にぴったりの
かわいい木のキッチンに生まれ変わった。

扉をつけずに
カーテンを手作りして
私にとっての使い勝手をよくしたのに

肝心の自作のカーテンでプチ失敗。

もうちょっと、カーテンらしく
ふんわりとステキなのを

今度はちゃんと作るゾ!



2011.11.17 / Top↑
山里の、我が家に出会ったのは
まだ、夏の始まりの頃だったか
残念なことに、記憶もいまひとつ定かでなく
どこかに記録がないかと思うものの

携帯を覗いても、カレンダーを過去にめくっても
どこにも見当たらず・・・
ちょうど、あの頃の景色やら
記憶のどこかに残る、山里の風の匂いなど思い出し
たぶん、その頃だったと思うのだ。

不思議なことに
スルスルと
手繰り寄せられるように
私たちはその家に辿りついたのだった。

『 田舎暮らし 』のサイトでガメどんが見つけて
その住所から、きっとこの辺りだろうと
見当をつけてドライブがてらだった。

本当は
私は乗り気ではなかった。

もっと、今住む都会の家から
ころあいの良い場所で
存分に田舎を味わえるところが
近くにあるからだった。


いつからか
夏の暑さに、極端に弱くなった私を
なんとか、避暑をさせたいガメどんは
せめて夏の一番つらい間だけでも
過ごせる住いがないものかと
考えてくれていたのだった。

セカンドハウスなど
持てるような分際でない私たちに
そんなことが出来るとは
現実に思ってもみなかったのだけれど

ここ2~3年ほど
ちょこちょこと、休みを利用して
場所さがし 家さがし に出掛けるようになり

でも
そうは言っても
そんな、お金もかかるもったいないこと
夢のまた夢 みたいに思って
私は、ただただ ドライブを楽しむだけ・・・

だった。
だったのだが

この山里が この我が家が
私たちを呼んでくれたのか。

今思うと
そうとしか思えない
すべての出会いと、すべてのタイミングが
私たちに舞い込んできた。

縁とは
そのようなものなのかもしれない。



でも、初めての出会いは
私たちだけのドライブだったため
家の中までは見ることが出来なかったのだった。


築20年の木の家は
外見は、とても地味で
写真映りもよくなくて
「ほったて小屋?」だとか
「物置でしょ?」みたいな
そんな姿の家だったのだけれど

山里の、あまりの美しさと
空気の美味しさに魅せられて
結局、少し時間は置いたが
連絡をとって、家の中を見せてもらうことにしたのだ。

それが この夏の8月27日だった。


その日から、まさかこんなに早く
それもこの家を
私たちの終の棲家と決めてしまうとは・・・







この山里には
この木の家には
私たちをずっとずっと待ってくれていた
神さまが住んでいるみたいで・・・



・・・・いや
この山が この家が
神さまそのものなのかな。



木の香りに包まれ
山里の空気に身を染めて
青く深い山々を見つめていると
何故だか
そんなことを思って仕方がない。



2011.11.16 / Top↑
111009_143719.jpg



この横開きの大きな窓。

窓として開け閉めするには

不便極まりない窓なんだけど。


木枠の窓なんて

もう、作れないかもしれない。

だからこのままにしておくんだ。



もっと もっと 私たちが年をとって

いよいよこの窓じゃあ とても不便になったとき

それとも

この窓が、パリーーン なんて

もしももしも 割れてしまって・・・

そうして どうしても どうしても

どうしても使えなくなったとき・・・

そのとき、替えよう。



だからどうぞ う~んと長持ちして下さい。

今まで20年間、不思議に割れずに来たように

うんとうんと 長生きの窓のまま。


この木枠の窓を開け放つと

こんなに豊かな景色が

まるで絵のように 我が家に広がる。


この窓は

私には、神さまの欠伸のように思えるんだ。

 

2011.11.16 / Top↑